あのころも 緑の中

         789女子高生シリーズ
 


     2



何か変な初夏ではあったが、まだ猛暑日は訪れてはいない頃合いに、
七郎次の知己の好事家が、
家宝級に大切にしていた古物を自宅から盗まれたという。
とある大学に教授として長く在籍し、
定年後も非常勤で教鞭を執っておられたという、
人柄も穏やかなら、争いや諍いも好まぬ、所謂“好々爺”で。
その人柄から彼の手元へ集まって来た様々な骨董やお宝も、
ほしいという人があれば惜しむことなく譲って来た、
至って欲のないお人だったが、
その古伊万里の藍染めの大皿だけは、
亡き奥方との思い出も多く、どうしても手放せぬとしておいでで。
その事実ごと、知己の間では広く知れ渡ってもいたのだが、
見ず知らずの窃盗団にはさすがに届いてはいなかったようであり。

 『それどころか、
  なかなか手放さないなんてどれほどの値打ちものか…なんて、
  付き合いの浅い顔触れからは相当に誤解されていたっていうし。』

 『ああ、それじゃあそういう人から話を集めちゃったんだ。』

現金や名のある書画骨董ならどれでも持ってっていいけれど、
強盗が押し入ったのと鉢合わせた修羅場で、
それだけは堪忍してくれと懇願したけれど、
当然のことながら聞き入れてもらえる訳もなく。
逃げるついでにと犯人らから蹴られてしまい、
そのまま背中を壁へとぶつけたお怪我がなかなか治らないのも、
気落ちが大きいのが一番起因しているんじゃないだろかとは、
たまたまそちらさんの主治医でもあった榊先生のお言葉で。

 『ここ数カ月のM区管内で、
  骨董に限った盗難届けがどう出ているのか、
  統計を取ってみたところ、
  大体の行動範囲ってのが割り出せましてね。』

ここまでなら警察だって手掛けているのでしょうけれど、
私有地や個人専有の防犯カメラの画像を可能な限り取り集めてみたところ、

 『何故だか油断し切ってて
  顔とか車のナンバーとか露呈しまくりの怪しい連中がいるんですよね。』

それというのも、そうしている場所というのが、
自社ビルを幾つか持っている某治産家の、自宅やテリトリー内でのことで。

 『…この人って知ってる?』
 『あんまりいい噂は聞きませんね。』

悪党だとか顔役だとかってワケじゃないけれど、
この何年か、経営していた会社や工場を幾つも手放しておいでだと、
平八があくまでも“経歴記録”を浚った上での話をすれば、

 『ウチにも。』

様々なレセプションに来ていたお人のはずだが、
平八が収集した記録を見ても、この2年ほど急にお越しになってはない。
そういう“お付き合い”の繋がりがぶつぶつと切れてったものと思われて、

 『不景気になって困窮しだしたものだから、
  いけない話に乗っちゃったとか?』

 『確か…そうそう、
  半島のほうに支社のある雑貨の卸会社だけは手放してませんしね。』

営業実績なんてほとんど無いに等しいのに、
縮小して倒産とするでなし。

 『それどころか、商品の買い付けにって時々渡航しておいでです。』
 『…ヘイさん、それって覗いていいデータなの?』

ごくごく標準タイプのノートPCで、
もしかしたなら外務省関係の…ビザの発行状態や出入国手続きの一覧を
ひょいと呼び出してるおっかなさ。

 『さすがに国内で捌くのはアシもつきやすいからと。』
 『海外?』

 うん、持ち出してるんだと思う。
 そして、それに都合がいい立場だってことから、
 そういう連中に協力求むって目をつけられたのかもだね…と。

ともすれば非常に単純な判断で“そういう事態なのだろう”と目処をつけ。
ではでは、まずは足場を探しましょう、
いくら海外で捌くと言っても数が集まるまでは贓物を保管する場所が要る。
倉庫代わりにしている隠れ場所。
ああそういえば、いつぞやにそういう一件がありましたね。
選りにも選って、倉庫にしていたビルの前で、
派手だか地味だか人集めをしていたものだからって、
チンピラにからまれていたユッコちゃんたちでしたっけね。
あのとき一掃された連中の後釜にって、
何も知らぬまま新しくやって来た賊かも知れませんね。
結構 怖い想いもしたろうに、
懐かしいなぁなんて言いつつ、そのときに得ていた要領から、

 『人の出入りがなく、開放部も少なく。』
 『ああでも、幹線道路との連絡はいいところよね。』
 『逃げ込んだり?』
 『そうそう。そういう足場にも していると思うから…。』

素人にしてはなかなか穿った追い詰めようをしていたと思うのだが、
いかんせん、
素人の蓄積からではどれが有益な情報なのかを絞るのがなかなか骨で。
何しろ得られる情報には事欠かぬが、
だからこそ、どれもこれもと検証していては際限がない。
なので、
ついつい佐伯さんのPC経由で
警察はどこまで捜査を進めているのかなと、
答え合わせみたく資料のチラ見をさせていただいた。
それもあってのこと、
スルスルスルッと足場も押さえられたし、
そんな連中の挙動を張っていて、
そろそろ運び出しらしいというのを察したお嬢さんたち、

 『逃がす訳には行かない。』
 『……。(頷)』

警察としては、連中が脅威や警戒から今の“稼ぎ場”を捨てて逃げ出さない限り、
今回は証拠がまだ間に合ってないが、
なに 次の機会にこそ押さえるさという構えをし、粘り強い待機も出来よう。
だがだが、

 『あの染付け大皿を持ってかれては何にもなりません。』
 『ええ、勿論ですわ。』

偵察ネズミロボットを通風口から潜入させたんですが、
シチさんが言ってた特徴通りの箱もありました。
赤外線透過で箱書きの墨や中身もスキャンしましたから、
間違いなくそのおじさまの大皿ですよ…と。
恐ろしいことに、そこまでをほんの数日で突き止めてしまったお嬢様たち。
警察を待っていては取り返しがつかないと、
動きやすい恰好という武装に身を固め、勝手のいい得物を手に手に、
問題の廃工場へと殴り込みをかけたというから、

 「叱られるのは覚悟していような?」

 「はい。」
 「〜〜〜。」
 「…すみません。」

八百萬屋の店主・片山五郎兵衛殿に、診療所の医師・榊兵庫殿といった、
お嬢さんたちへの反省を促すには一番効果があろう顔触れを、
わざわざお迎えにと裏口に集合させての、
出て来るのを待ち受ける勘兵衛様も、なかなか練れて来たご様子で。

 「怪我はないのか?」
 「…。(頷)」

見るからに器用そうな細い指と、
でもでもそりゃあ頼もしい作りの大人の手が、
さっきまで覆面で隠してたすべらかな頬を撫でてくれる。
きっと“叱り飛ばしてやる”とお怒りのままに構えていたのだろうにね。
ススや埃や蜘蛛の巣をなすりつけ、
ちょっとばかり髪や服やお顔が汚れちゃってる久蔵さんを見た途端、
ああ、ああ、早く帰って休ませなくちゃ…と、
兵庫せんせいの中でコトの優先順位が逆転したのは明白で。
そして、そんなお顔を見た途端、

 “…あれ?”

紅ばらさんの側でも、
それまでは平気だったのに、何でだか疲れがどっと出て来たような。
幾つか配されてあったがっちり大きな工作機械を足場にし、
結構な高さがあったその上へ着地しちゃあ そのままぐんと踏み込んで、
あちこち素早く飛び移ることで相手を幻惑していた、
どこの“シルク・ド・ソレイユ”かという動きで陽動を受け持ったのが久蔵で。
怪しい侵入者として窃盗団の面々を引っ張り回したその隙に、
七郎次と平八でそれへこそ用があった桐箱を探し当て、
難のないよう、ひとまずは通風口の奥へと隠した。
そこからは、さぁさ全員を幻惑しましょう、叩き伏せましょうという大暴れ。
隠れ家や盗品が人に知られたと、浮足立って逃げ出してくれたら重畳、
開き直って“たかが小娘だ”と迎え撃つならそれもよし。
引っ張り回したその末に、警察へ匿名の通報をすればいい。
匿名とはいえ、
相手を選べば…おいおいちょっと待ったと、
軽んじるどころか文言の倍くらい真相隠してるだろうと
読んでくれての血相変えて飛んで来る人に伝手があるし。
間が悪くて佐伯も島田も出払っていればいたで、

 『結婚屋を呼ぶまでだ。』
 『…三木さん、それは反則だ。』

ドーンと胸張って言わないでと、
征樹さんが泣きそうになったのは後日の話だとして、(苦笑)

 「腹は空いておらぬか?」
 「うっとぉ、ちょっとだけ。」

こちらさんはといやぁ、
活劇にこそ参加はしてないが、
様々な機器の遠隔操作への勘を働かせまくりだった、フィクサー平八。
現場は廃工場なだけに、電気系統や工具稼働用のインフララインを押さえたとて、
システムも工具自体も錆び付いてる恐れは大有りと。
その辺りへのマイナスファクターも織り込んだ上で、敢えてそれらを手玉に取った。
実動部隊がいかにも嫋やかな少女が二人だけというのは、
舐められる恐れが大だったからで。
姿は見せない も一人いるぞと、
しかもしかもこんな大物を稼働できる専門家だぞと
そういう目に見えない“怖さ”で牽制をかける必要があったから。
打ち込んだ動作情報と実際の動作の誤差をいちいち確認しつつという、
素早くこなすのはなかなか骨が折れるだろう面倒さも何のそのと、
つい最近までなめらかに動いていた機械たちであるかのように、
そりゃあ手際よく追撃の手足としてあれこれを動員したお陰様、
大の大人たちが作業場の一角へ追い詰められて、
選りにも選って刑事へ助けを求めたほど慄いてくれたのだし、と。
泳ぎ疲れた子供みたいに、
興奮と達成感とで ほややんとのぼせ半分でいるひなげしさんだと、
そこは付き合いも長いし、何より好もしく思っている相手の様子。
一目で見極めてしまった五郎兵衛殿としては、

 「車で来ておるからな。
  まずは帰って飯にしよう。
  それから昼寝して……お説教はその後だ。」

最後まで聞いていたかどうか、わぁ〜いと言いかけたそのまんま、
ぐらりと足元へ しゃがみ込むように落ちかけた平八が、
おっとと受け止めてくれた五郎兵衛殿の腕の中、
既にくうくう眠っていたのが、居合わせた皆の苦笑を誘っての さて。





     ◇◇◇



この六月もまた、相変わらずに気まぐれなお天気続きで。
梅雨入りしたはずがなかなか雨にならず、
各地で猛暑日になりの水瓶が干上がりのしたかと思えば、
今度は随分と気の早い台風が襲い来て、各地に多大な被害をもたらした。
何でこうも極端から極端なんでしょうかと、
この辺りでもそれなりに降った名残り、
若葉の色も濃くなった梢に宿った雨露がしっとりと光るの眺めつつ、
急な雨も今は上がって、またまた気温が上がりそうな中、
ちょっと珍しい土地へお邪魔しておいでの、三華の面々だったりし。
そんな彼女らの傍らを、
開襟シャツオンリーじゃあない、
ネクタイつきのニットベストスタイルという一丁前な制服を着た男の子たちが、
ばたばたばたっと元気よく駆けてゆき、

 「やんちゃですこと。」

米国から来日してそのまま女学園へ入ったせいか、
日頃ちょいと見ない風景だったのへ。
ひなげしさんがわざわざ彼らを見送って、そんな風に呟く。
昼下がりという刻限だというに、
JRで数駅ほど離れた町まで、制服姿でやって来ていた三人娘だったのは、
女学園付属の中等部学舎まで、
剣道部同士の合同合宿の打ち合わせがあるという七郎次なのへ
後の二人がついて来たまでのこと。
実を言えば、問題の伯父様がお住まいの町でもあり、
帰りにお顔を見に行こうかなんて思ってもいたのだが、

 『…それはちょっと、間がよすぎて危険ですよぉ。』
 『やっぱりそうかしら。』

平八からも止められた。
すったもんだの末に取り戻した大皿を、だが、
七郎次が持ってっては 何でどうしてと不思議がられようから。
勘兵衛が代理で
“逮捕した窃盗団の贓物の中にあったのですが”と
まずは伝言だけしてくれたそうで。
現物は裁判を待ってから返却という運びになりそうだけれど、

 『兵庫が 大丈夫だって。』

その通達があってから、
さりげなくもすぐに往診に行った彼だったけれど。
ほんの前日までは枕から頭も上がらなんだものが、
どっこも何ともないのに寝てなんかいられませんよと、
床上げしちゃったほどの回復ぶりだったとか。
それは良かったと喜び合っていて、
そんなこんなを思い出したと同時、
ふっと白百合さんの胸の内へと蘇って来たのが、先だっての騒動の後のこと。
久蔵や平八が、それぞれの保護者と共に帰宅の途について。
七郎次はといえば、
こたびの修羅場を本来 仕切るべきお立場、警察関係者の勘兵衛が、
いつものごとく“身元引き受け人”となるつもりらしいということで、
では調書を取りに警視庁へと運びかけ、

 『ああ、待ってくださいな。』
 『…??』

歩き出しかけた勘兵衛の背中へ待ったをかけると、
出て来たばかりの廃工場の、
裏口のわきの大きな換気用のファンを蓋していたフードカバー、
まだ持ってたんですよの模擬戦用の槍でどんと衝き叩き、
がこんと落として外してしまうと、
空き箱や資材を足場にそのままその穴へよじ登ろうとするものだから。

 『ああ、待て待て。』

埃だらけの風呂敷の端が見えたことから、
彼女らの目的だったブツをそこに隠したことへも察しがついた勘兵衛。
代わりにと、なかなかの身ごなし、
腕をかけたそのままひょいと弾みをつけただけで登ってしまい、
ほれと取ってくださったの受け取って。
それを懐ろへと抱くように見下ろしておれば、

 『……あれこれと多くは言わずとも、
  既に自分で判っておるのだから、
  そこも始末に負えぬな、お主は。』

 『〜〜〜。///////』

ああ破天荒なことをした、と。
怪我はしなかったか怖くはなかったか、
またもやこのお人から案じていただいたようなこと、
自分はしでかしたというの、
コトが済んでから思い知る鳥頭は、
もはや治せはしないのだろか。
世の道理や人世の理屈は判ってるつもりだ。
青々しい幼子みたいに、正道ばかりが通る世間だとは思ってないし、
かと言って、
要領がいいばかりでも見ている人は見ているぞよというのも判ってる。
ただのヲトメと違って、
記憶の中にはとんでもない地獄や修羅場の中を駆け抜けた経験もあり、
そんなこんなで、
硬軟清濁、ちゃんと知っている上で わきまえているはずなのにね。
実際の行動という格好で、
この身を衝き動かすのは総身に流れる血潮だということか。
昔だとて結構無茶はしたが、それ以上のわきまえなし、
こんな非力な身のくせに、何て危ないことをしたのだろうかと、

 『反省しか出来ないなんて、本当に進歩がありませんよね。』

いつまでも子供だなぁとの自嘲を込めて、こそりとしみじみ呟けば。
ふわりと…うつむいたままだったこの身をくるんだ温みがあって。

 『???////////』

あれ?あれ? 勘兵衛様、叱るんじゃなかったんでしょうか?
何でこんな、慰めてくださっているのでしょうか?
悪いことをしたその時に叱らなきゃ、
事情も何もかんも知ってる人がぐうの音も出ぬよう叱らなきゃ、
アタシまたまた同じことしかねませんよと。

 “  ……えへへぇ。///////”

まだ合服のをお召しだったか、スーツのざらざらした生地の感触と、
ちょっぴり渋いのは煙草かお酒か、
壮年という年頃の男性には特有の重厚な匂いと。
それから…そんな下からきゅうと感じられた、
堅くて頼もしかった肉置きの感触と。
生身のこの人が、こうまで案じてくださったのだということ、
判りやすく伝えて下さったので。
そりゃあ嬉しかったなぁと…
あんまり反省には繋がってない感慨を再び噛みしめておれば、

 「わざわざお顔を合わせて話し合うのですか?」

日程の調整くらい、電話やメールで済ませられましょうにと
ひなげしさんがやや呆れたお言いようをし、現実へと引き戻される。
えっとえっと何の話だったっけ。
……ああそうだった。
中等部との合宿の打ち合わせの話だった。(おいおい)
惚けていたのは ほんの一刻のことで、
それでもお顔が赤くはないかとドキドキしつつ、

 「まあ、そっちは確かにどんな形でだって進められますが。」

何とか無難な声で返す。
先輩のお姉様がお顔を見せてくださる場というのも、
なかなか緊張感があっていいものですよと。
七郎次自身はこちらの中等部からの持ち上がり組ではないけれど、
それでも、

 「インターハイに出た卒業生の先輩が
  中学の全国大会出場への激励にと来て下さったおりは、
  私もドキドキしたものです。」

ふふと含羞むように微笑って、白い手を胸元へ伏せた七郎次であり。
つまりは そういう顔合わせをする会合なのだと説いて差し上げ、
自分は可愛い後輩さんとやらの含羞みがちょっぴり楽しみだけれども、

 「ですから、ついて来ても退屈なだけですよ?」

部外者の二人には関係もない事ゆえ、感慨なんてものも沸くまいと、
何なら駅前でお茶でもしつつ
待っててくれますかと言い出した七郎次だったのへ、

 「〜〜〜。」

それでもいいのということか、かぶりを振ったのが久蔵ならば、

 「私も私も♪」

うふふと楽しそうに笑ったのが平八であり。

 「女学園においでのお嬢様たちの
  予備軍が一杯おいでなのでしょう?」

何だか妙な言い回しをする。
何ですかそりゃと聞き返せば、

 「だって、
  どんな純粋培養かっての、気になるじゃないですか。」

訊いた話じゃあ、あの女学園が一等最初に開校し、
続いて短大がご近所へ開設され、
それからずんと年を経てから、
初等科や幼稚舎、中等部がこちらの地に作られたとか。

 「ああまで品があって清純な子ぞろいの学園目指して、
  当たり前のこととして淑女教育を受けておいでの幼子たちは
  さぞや愛らしいんでしょうねぇ。」

それを見に行く気満々らしいところが、
あらまあと七郎次からの苦笑を誘ったものの、

 「???」

片やの久蔵の方はと言えば、
何のことだと小首を傾げてしまっておいで。

 「そこに通ってた当事者だっていうのに。
  もしかして自覚がなかったんでしょか。」

そんなせいで平八の言うことが理解不能なんだろかと。
何てまあ微笑ましいお人なことよと、
青い双眸やんわり細め、朗らかに笑った七郎次だったのへは、

 「……。///////」

大好きな人からの慈愛の頬笑みが嬉しかったか、
口許をうにむにとたわめつつ、
含羞み半分、赤くなるところが判りやすいったらなくて。

 「ある意味、究極のマイペースですよね、久蔵殿。」
 「まあまあ、ヘイさん。」

アタシだって、
どんな純情娘を育成してるところだろなんて発想は、
ちょいと浮かびはしませんでしたよと。
ひなげしさんもまた結構なマイペースだぞよと窘めつつ、

 「でも、中学生かぁ。」

こちらさんも下校時間でもあるものか、
濃紺でハイウエストの、
ジャンパースカートタイプの制服姿をした女の子も
三々五々 坂を下っておいで。
そちらは間違いなく、彼女らの後輩にあたろう中等部の子らだと思われ。
今は夏服だから、半袖ブラウスにそういうスカートスタイルなのだろう。
丸みを帯びたツバが可憐な、白い帽子もかぶっておいでな子も何人かいて。
義務づけされてはないらしいが、
帽子組の子らはどこか幼げな印象が強まって愛らしい。
さほどの年の差がある訳じゃない筈なのだが、
子供の部分の方がまだまだ勝さっての、どこか無邪気で伸びやかで。

 「久蔵殿もあの制服を着てたんですよね。」
 「……。(頷)」
 「この風貌ですもの、さぞや映えたでしょうねぇvv」

夏服はジャンパースカートですか、合服はブレザーなんですよね?
合服のブレザーはウエストカット丈だそうですよ。
うあ、それは可愛いですねぇと。
可愛らしい後輩さんたちに、
ついつい萌えておいでのお姉様がただったけれど。

 「ねえねえ、あの方々ってもしかして。」
 「ええ。高等部のお姉様がただわvv」
 「お綺麗ねぇvv」

何しろ、微妙に古風なデザインの、
その筋では有名なセーラー服をお召しの彼女らだったし。
それにそれに、

 「わたし知っております。」
 「何をですの?」
 「あの方々、白百合様と紅ばら様とひなげし様ですわvv」
 「ええ〜っvv」
 「三華様がたですって?」

向こうさんからも注目され、萌えの対象にされているのだから、
ここは引き分けのお相子なのかも。(笑)
そんなことにはさっぱり気づかぬお暢気さで、
目的地までのあとちょっとをゆるりと登り詰めながら、

 「中学生時代と言ったら、シチさんは何してました?」

そんな話題も取り沙汰されて。
風にはためくポプラの葉がちらきら目映い樹下を通りつつ、

 「アタシは今とあんまり変わらないかな。」

その風に乱された後れ毛を白い指先で掻き上げながら、
七郎次がう〜んと思い出しつつ応じて差し上げ、

 「父様の絵のモデルをやったり、母様にお花を教わったり。
  勿論 剣道も、中学生になったってんで昇段試験を受けられるようになって、
  そりゃあ身が入ったもんですよvv」

 「おおお。」
 「………。//////」

それはまた頼もしいと、平八や久蔵が感心し、

 「久蔵殿も、ホテルのお顔とバレエとで忙しかったのですか?」
 「……。(頷)」

頷いて、でも。

 「忙しくは…。」

だって、他にすることもなくて。
言ってみりゃ、それも日常茶飯の一部でしかなかったしと。
こちらのお嬢様は、
周囲からの評はどうあれ、少々淡々とした毎日を送っていたらしく。
それでもあのね、
カバンに提げられたフェルトのウサギのマスコットも、
携帯に提げてたのスマホに移し替えた、ビーズ細工のイチゴのチャームも、
実は榊せんせえがお誕生日にくれた宝物。
詰まらなかったワケじゃあないらしいのは明白で。

 「そういうヘイさんは…そっか、アメリカですよね。」
 「ええ。」

バッグを両手で持ったまま、ひゅんと振ってのくるりと回ると、
数歩分ほど先に立ってたところから 後ろ向きになって歩き出し。

 「進学先をね、爺さまが日本にしろってうるさくて。
  でもでも私は地元の高校へ行きたかったんで、ちょっと揉めてたかな?」

 「え?」
 「???」

それは初耳と、白百合さんと紅ばらさんが思わず立ち止まる。
あっけらかんとしているし、それより何より行動的な彼女だけに、
てっきり進んで来日したんだと思っていたからで。
そんな心情がさすがに伝わったか、
えへへぇと笑った平八が言うには、

 「だって、当時の私にしてみたら未開の地ですもの。
  ネットで世界を把握した気になってたし、
  居ながらにして何でも判るのに、
  何でまたわざわざそんな遠くへ行かにゃあならんのよとですね。」

今でこそ微笑って語る彼女だが、
成程、関心がないならば、
何でまたそんなことを強いられるかなと、
反発だって沸くだろうことだ。

 「そいで、水掛け論になっちゃって。
  私も相当に意地っ張りだったから、
  ハンストして庭の木のうえに立てこもってたんだけど。」

 …妙なところでアウトドア派だねぇ。
 だって部屋に立てこもったところで、
 爺さまに
 エアコン攻撃とかネット撹乱攻撃とか仕掛けられると思ったし。

 「ところが、ハンストって結構辛くてサ。」

困り顔になって見せ、お腹を小さな手で押さえて見せた平八が、
だがだが急に眩しく笑って言ったのが、

 「そしたらね、旅行の途中だっていうゴロさんが通りかかって。
  ここでご飯を炊いてもよろしいかって、
  焚き火焚いて飯盒でご飯炊き始めたのよ、信じられる?」


  「……☆」×2


ああそうですか、そこへ続くお話でしたかと。
思わぬ恰好で聞かされた、二人の出会いという最初のお惚気へ。
案じていたのにどうしてくりょうかと、七郎次が微妙な顔になったものの、

 “…まあ、今更ですかね。”

それに、彼らがそんな出会いをしてくれてなかったら、
そうして平八が日本へ来てくれていなかったなら。
今のように自分は彼女らと知り合えてはいなかったかも知れない。
前世の自分を思い出せてはなかったかも知れないし、
それからあのあの、

 “勘兵衛様とも…。///////”

出会えてなかったかもしれないってのはヤだから、あのね?
この手の惚気は大目に見なきゃねと、
白百合さんが思い直していたその傍らへ、

 「…あ、」

そこへと またぞろ、
パタパタパタッというけたたましい足音立てて駆けて来た、
やっぱり男の子の一団があったのだが。
見るからに中学生だろう年頃の坊やたち、
通り過ぎかけてこちらを見やると、明らかにハッとしてから、

 「三木先輩、ですよね?」
 「初めましてっ。」

ささっと姿勢を正して
明らかに久蔵へ深々と頭を下げたのが、意外や意外。
しかもしかも、

 「………。」
 「はい、失礼しますっ。」

こくっと一つ頷いた彼女に、もう一回お辞儀をし、
そのままサササッと、今度はお行儀よく立ち去る彼らであり。

 「久蔵殿、実は男子校出身でしたか?」
 「……っ

こないだの“ばらの反乱”を思わすノリで、
ぐうにした手を振り上げた久蔵から“や〜ん”と逃げつつ、

 「でもでもほら、
  伝説の先輩に逢っちゃったって態度ですよ。」

こそこそと振り向いてくるし、と。
そんな態度が“やだ可愛いvv”と思えばこそだろう、
平八がうくくと楽しそうに笑ったが。

 「学校までは。」

相変わらずの落ち着きっぷり、
ムッとしたのも早々に引っ込めてしまうと、
ちょうど一本道の坂道を端から端という所作にて見渡した久蔵であり。
言われてみればさっきから通る男の子たちは、
途中で合流する恰好の脇道から出て来ておいで。
その道の始まりを どれと、ちょいと背伸びして通し見やれば、
どうやらそっちに彼らの学校の正門があるようで。

 「あ、通学路が一緒なんですか。」
 「……。(頷)」

こちらが女子校なのへ呼応してか対抗してか、
そちらは男子オンリーの、
初等科から大学まで一貫という学園があるのだそうで。

 「…ちょっと待って下さいな。」

その女子校に、初等科時代から通っておいでの紅ばらさんだったとはいえ、
男子校の、しかも後輩たちに顔が知られておいでというのは、
初耳だったし…何かしっくり来ないような。
こればっかりはいつもの“以心伝心スーパrー Ver.”も利かないか、
七郎次までもが、何でそうなるの?と怪訝そうに小首を傾げたものだから、

 「……?」

 「いやいやいやいや、久蔵殿まで小首を傾げない。」

何でなんでしょうねぇ。(笑)





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  *ここからがやっと本題です。
   つか、実はほのぼのしたお話のネタをこそ、
   病院でぐりぐりとメモってたんですよ、はい。
   いきなり派手な鳴り物入りで始めてすいません。
   何だったら、ここからは別のお話だということで…。(ややこしいぞ)

  *三者三様の“あのころ”話。
   特に、ヘイさんのアメリカでのこういう話って、
   実はあんまり話してないと思うんですよね。
   特に暗かったり深かったりする確執とかはないんですが、
   まま、こういう家族内喧嘩もあったということで。

めるふぉvvご感想はこちらへvv

ご感想はこちらvv(拍手レスも)


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